Brown or Green?

宿で久しぶりに日本人の女の子に出会い「こんにちは」と挨拶したら、開口一番「この部屋に住んでいるんですか?」と尋ねられてしまい、乙女心がわずかに凹みました。一体私はどんな姿に映っているんでしょうか…。あらゆる場所にすぐ馴染むのはフィールドワーカーとして重要な資質ではありますが…そして私は猫のようにどこでもくつろいでしまいますが…それにしても…。


本日の表題は食事について。私は食べることも料理することも好きで、それが人生において占めるウェイトも大きいほうだと思うので(単にエンゲル係数が高いという説もある)、周りの人たちが何を食べているか結構気になってしまう。今も自炊もしながら宿泊しているのだが、つくづく感じるのは、欧米人はどうして「茶系」を食べる人々と「緑系」を食べる人々にくっきり二分されがちなんだろう、ということ。


私が「茶色いごはん」と言うのは、小麦+肉+芋、的なごはん。ピザやハンバーガーなど、ジャンクフードと言われがちな食事。そしてその対極にあるのがベジタリアンや、オーガニックライフを送る人々の「緑色のごはん」、ほぼサラダ、あるいはフルーツのような食事。


食は、それぞれの土地の環境と文化・宗教・思想的要因とが組み合わさって形づくられる。また現代において、ジャンク/ヘルシーの選択の差異には明らかに、経済格差が絡んでいる。「1日30品目イデオロギー」も、もちろん栄養的な観点から目標値として提示されるのは結構だが、その実現可能性を考えたとき、特定地域の、そして富裕層のみに手が届くことを忘れてはならない。


私のフィールドも含め、PNGなど南太平洋の広範囲において、ニュージーランド産羊肉の「食べるに値しないような」あるいは「廃棄寸前の」脂ぎった部位が流通し、どんなにそれが「不健康」であったとしても、人びとは安価なその肉を食べるしかない、という事実がある。またこの地域では、小麦や動物性油脂や砂糖が、比較的安価な食料として伝統食を凌駕し、その結果多くの人びとが糖尿病に陥っている。私もフィールドワーク中は、ホストファミリーと完全に同じ食生活を送っていたために1ヶ月=1キロのペースで太り、この身をもって、世界の食環境というものを考えさせられた。


結局のところこの地球上では今もなお、食の選択肢が限られた中で生きる人びとが大半を占めている。そんななか、豊かな選択肢がありながら、肉ばかりを頬張る人や、野菜ばかりを食べる人を見ると、雑食アジア人気質の自分としては、まるでblack or whiteのように極端だなあと思ってしまう。それは「都市=先進国」からここNZに「自然」を感じるためにはるばるやってくるメンタリティとも重なっている気がする。日本の里山のように、人間社会と自然とが区分されない曖昧さおよび所与のものとしての「共生の感覚」は、なかなか理解されないのだろうか。



散々語った挙句、最後に伝えたいニュースは、「Timtamにベリー味があるよ!!」という、今日の発見。オーストラリア+ニュージーランド+パシフィック諸国にいた人たちにしか共感してもらえないであろう軽い興奮です(ちなみにパシフィックでは私の知る限り魅惑的な高級菓子として君臨しています)。ハワイにいたKiwi(NZ出身者)の友達が、スーパーでTimtam見つけたの!と興奮しながら分けてくれたことを思い出すなあ。この興奮をなかなか分かちあえないんですよね…(まあ今日はむりやり押しつけますが)。


私はこうやって雑食で生きていくのです…。